死神少女・Acht

これはサークル本「死神少女・Acht」の一部を抜粋したものです。




 酒屋のエーリヒが目を覚ましたのは、まるで窓を叩くような、しかし遠くから聞こえる鈴の音らしき音が聞こえてきたからだ。
 この街において酒屋は自前で飲める場所を提供していない。そういう店もあるが、夜中になると街を覆う霧によって夜遅くまで飲むことができやしない。それなら酒を購入し、自宅で飲むというのが主流だった。
「……なんだぁ?」
 こんな夜中に目を覚ましたところで得も何もない。まだまだ日が昇るまで時間がある。もう一眠りしようと目を閉じたのだが、またもや音が外から聞こえてきた。
「……んだよぉ」
 一体誰がこんな夜中に音を鳴らすというんだ。そもそも、音なんて夜中にするものじゃない。エーリヒは寝ぼけながらそこまで考えたが、それ以上の考えには至らなかった。
 もし彼がその事態に少しでも違和感を覚えたならば、ここで音の正体を確かめようと起き上がりはしなかっただろう。
 その鈴音が響き、エーリヒは怠い身体を持ち上げながら窓に近寄った。一歩歩く毎に身体の疲れを自覚する。ああ、どうしてこんなに身体が重いのだろうか。昨日はそれほど働いたのだろうか。
 ――リィン――
 窓に手を掛けて、ゆっくりと開く。どうせこの高さまで霧が届くわけでもないので、真下に広がるだろう霧を見下ろそうとした。
 霧は一階までの高さであり、二階にまで届かないのが定説だ。
 ――白い霧がエーリヒを両頬を撫でていった。
 えっ、と彼は呟き、目を見開き、何故自分の部屋に霧が流れ込んでくるのか、そこでようやくこの部屋で何かが起こっていることを理解する。
 瞬間、身体が震えて、そして止まる。
 手の震え、舌の震え、視界の震えが止まり。
 そしてエーリヒはゆっくりと前のめりに倒れていき、窓の縁は彼を押し返すことを拒み、地面に向かって落ちていった。


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