死神少女・Drei

これはサークル本「死神少女・Drei」の一部を抜粋したものです。




 空間があった。
 病室は白い部屋なので、ここは病室ではない。もちろん自分の部屋でもない。どこだかわからない。──いや、違う。ここには鉄格子があった。手の届かない高さに小さな窓もあった。
 ここは牢獄だ。
 牢獄の中で何かをすることも叶わず、彼は物思いに耽っていた。
 彼は先ず、樹を想像した。樹の物語を考えた。
 四十メートルを超す巨躯。動物が決して敵わないその長大なる存在感と生命力。しかしその樹は、その巨躯に比べれば百五十年程度と随分短命である。太く短い生命ならば背が高い意味もなく、だが、樹は悠々として依然そこにあることを望んだ。その木の根に横たわった少女は黒い礼装をしており、悲しげな瞳は過去一枚だけ螺旋を描いて落ちた葉を拾い上げていた。その樹は意地として己の葉を散らせることはなかったが、少女が望んだぶんだけ、その確固たる意志を弱めたのだ。それが一枚。
 自分の胸へ着いた葉を指で掴み、眼前に持ってきてから、やはり胸の上に戻す。樹は語らない。少女も語らない。互いに求めることを知らず、そして意思疎通の術が無く、淡々と静閑だけを守り通した。少女はその葉に何を思い描いたのかを想像することすら、樹にはできない。そして少女も自分が本当に葉を望んだのかどうかすらわからない。自分望みがわからなくなっていた。
 樹齢百四十九年。
 間もなくして滅びる樹の前で少女は静かに目を瞑った。しばし寝ている間だけ樹と魂を同化させられないかと呟いたのを、確かに樹は聞いていた。
 数日間、少女は眠る。
 そうして、樹齢百五十年になる。
 今まで青々としてた樹の葉々は一様に紅く変貌し、自らの寿命がここまでだと、初めて少女に意志を伝えた。
 目を覚ました少女は立ち上がった。悲しげに樹を見上げてその幹に自らの手を当てた。下を見やれば青い葉が少女の足下に落ちており、片方の手で拾い上げてみた。するとその葉は途端に紅く変わり、土と化した。
 はっとして樹を見る。
 四十メートルもの巨躯が、徐々に崩壊していく。
 まるで、彼女が触れてしまったからこうなったのだと言わんばかりに樹は巨大な土の塊となった。
 おそらく、その少女は知っていたのだろう。
 自らが触れた時、それはこの樹の寿命が訪れた時だった。
 ──少女は、つまりそういう役目だったのだ。


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