死神少女・Funf

これはサークル本「死神少女・Funf」の一部を抜粋したものです。




「──はっ……はっ……」
 ぐっしょりと濡れたシャツを脱ぎ捨て、早朝から不快感ばかりが増すこの気持ちを払拭しようと、巡回神父であるホマーシュは窓の外を見た。見下ろせばまだうっすらと霧が残っており、夜中は一体どれ程暗くなるのか、まだ自身の目では確認していなかった。
 何しろ昨日、ケープ市に着いたばかりだ。アデナウアー親子と一緒にこの町へ入り、とりあえずの宿を借りた。明日からは住み込みで働くことになるというが、それはいい。とりあえず昨日はまだ色々と準備があり、とてもじゃないがアデナウアー家へ厄介になるわけにはいかなかった。
「ふぅ」
 息を吐いて吸う。落ち着いてきた心臓に僅かな寂しさを感じたが、すぐにその気持ちを振り払う。──そんなものは要らない。
 足枷となるものは何か、今までずっと考えていたことを昨晩は全ておさらいしておいた。それによって今後の、言うなれば今後数日間の行動全ての些細なミスとなる事を出来うる限り見つけ出し、対処法を打っておく。たった数日間だけでいいのだ。そう、やっとここまで来たのだから。
「ここまで来て、下手を打てるか」
 一度のミスは痛恨のミスとなり、そして命を落とすだろうとホマーシュは自分に言い聞かしている。何しろこの町は特別なのだ。得体の知れない何かが棲んでおり、そいつがケープ市を裏から操っている。マフィアでもなく、ましてやそれは市長でもない。
 ケープ市には神教官府がある。だからこそ神に祝福されし町なのだと、来る途中にケープ市市長が自慢げに語っていたが、本人ですらそんなこと欠片も信じてはいないだろうとホマーシュは決めつけていた。知っている人間からすればこのケープ市はまったく祝福されてはいない。むしろこの町に伝わる御伽噺を聞けば聞くほどに呪われし町だと考えるようになる。
(人が最期に望んだものが「死」という解放だと?)
 くだらない話だ。
 そんなこと、実際にあるわけがない。誰だってそう考える、誰だってそういう結論に至る。
(だが……)
 そう考えなかった者が──いるらしい。
「ただ、そう考えず、信じてしまっただけで」
 それだけで。
「僕の人生を粉々にしてくれるとはね」
 ──これから。
(僕の復讐劇が始まる。復讐を遂げる為なら、人間を辞め、神にも悪魔にもなろう)
 ホマーシュは宿屋の鏡に向かって小さく嗤った。
 そこに映る己の姿を悪魔に見立てて、嗤った。


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