死神少女・Zwei

これはサークル本「死神少女・Zwei」の一部を抜粋したものです。




 顔を上げて前を見上げると、新聞屋がいた。
 そういえばまだ朝刊を読んでいなかったと、テースは新聞屋のコンラッドに金を払い、受け取った朝刊に目を通した。ケープ大通りは様々な商人がおり、もちろん多様な露店も開かれている。新聞屋もその一つであり、個人経営のものから大手会社の新聞など一介の新聞屋が扱うにしては種類も豊富で、その中身もニュースからご近所の噂、主観的な意見からどこまでも第三者視点の意見など、それぞれ個性的な内容はある意味下手な小説を読むよりもずっと面白い。新聞コレクターと呼ばれるほど新聞を集めている人もいるらしいという話も聞くぐらいだった。
 その新聞屋、コンラッドとは前々から知り合いだ。会えば挨拶をして、軽い会話もする。これも毎日行っていることだ。元々テースがコンラッドを知っていたのだが、三年前に会ったとき、向こうはすっかり忘れていたようだった。名を名乗り、改めて挨拶をしたら思い出した様子ではあったが。
 それ以来、彼は決してテースの事を忘れない。
 コンラッドは通常神官達がケープ大通りを通っていく前に新聞を捌く。彼らが通り過ぎた後だと、職場へ向かう人達で慌ただしくなり、ゆっくりと場所も引けないからだ。それが過ぎた後、もう一度こうしてのんびりと場所を出して新聞を売る。朝は現役で働く大人達へ、昼は現役を引退した人達へ。今は昼に近い時間帯なので、コンラッドも眠そうに欠伸をした。
「それじゃあな、テースちゃん」
「ええ、コンラッドさんもお気をつけて」
 コンラッドの顔に影が残っているようだった。普段より明るくはない。
「──そうだ、そういえば」
「どうしましたか?」
 声を掛けてきたその老人に、テースはゆっくりと振り返った。
「……あ、いや、なんでもない」
 顎をさすって、コンラッドは苦笑いを浮かべた。
「歳は取りたくないもんだ。どうにもボケちまうなぁ」
 はははと笑いながら馬車を動かして、コンラッドは去っていった。
 本人は必死に隠しているようだが、それを見通したテースは静かに黙りながら気付かないふりをした。
 今し方買ったその新聞を開いてみる。
『脅威! 沼地から飛び出した馬の正体は!』
「……確かに怖いかも」
 ぽつりと呟いてみる。忙しくケープ大通りを行く人の誰も、その呟きを聞いていなかった。
 その時、上空から黒い何かが彼女の肩にふわりと舞い降りた。黒い小鳥である。小鳥は何か言いたげな眼差しをテースに向けていた。
「ファイリー、おはよう」
 黒雀は首を縦に振ってから、新聞に目をやる。そこを読めと云っているかのように。
「どうしたの?」
 テースもつられて視線を移す。
『神官学校で殺人?』
 ハンスの通う学校のことが左右に開いた新聞の左側に大きく書かれていた。今まで神聖を貫き通し庶民とは格別の色を醸し出していたはずの神官学校が、とうとう事件を起こしたことに浮き足立っているのかもしれない。
 なんにしろ新聞を持つ少女がその記事に目を惹かれることはあっても、今はまださほど関心を示すこともなかった。

 ──関心を示そうが、関係ないと顔を背けようが。
 その事件は向こうから、そしてこちらから関わることになるのだ。


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