このみずッ!

これはサークル本「このみずッ」の一部を抜粋したものです。




「で、何を食べきればオッケーなの?」
「ラーメン五玉」
「あっ……そ、ごた……!」
 驚きで声が出せなくなるとはこのことか。ラーメンの器ってそんなに大きかったっけと前に行ったことのあるラーメン屋を思い出す。――大盛用の器でも無理だろう。一体何に入ってくるというのか。
「せめて三玉とかじゃないの?」
「それじゃみんな食べ切っちゃうよ」
 みずちゃん何言ってるの? と首を傾げてきた幼馴染みに、みずかは首を振った。
「いやいやいないわよ。つーか少なくとも私には無理」
「ふあ、みずちゃんでも不可能な事があるんだ」
「あんた私を一体なんだと思ってるのよ?」
 そんなやりとりをしてる所に、バイト店員がなにやらあり得ない大きさのどんぶりを運んできていた。
「いや、すでにあれ鍋でしょ……?」
 熱い上に重い、というとんでもない物を運んできている店員はすでに汗だくだ。顔を撫でる双方の湯気とプルプル震える腕は見ていて不安にさせられる。プロの意地かどうか知らないけど、それをお盆に載せて両手に持っているものだから、その根性たるやなかなかのものだった。
 それがゴトンとテーブルの上に載せられた。
 確かにこれなら五玉分入るだろうが、どっちかといえばみんなで囲んでつつく鍋みたいなものだった。
「制限時間は三十分です。よーいドンと言ったら食べ始めてください。」
 大変だったなんて様子をおくびにも出さず、店員はそう言ってのけた。タイムウォッチを出して何度かボタンを押す。
「はい、それでは始めます。よーい、ドン!」
 このみが笑顔で箸を割る。
 みずかがうんざりしながら箸を割る。
 さらに向かいに座っていた男が真剣な顔で箸を割る。
「……ん?」
 別の挑戦者だろうか。
 ということは今現在三人のチャレンジャーが眼前の馬鹿でかい丼を前にしているということになる。脂ぎったスープ、太い麺、分厚いチャーシュー、なんだかとても久しぶりに見るナルト、モヤシ等々、遠くから見れば案外普通のラーメンに見えなくもない。ただ単に量が常識のそれをぶっちぎっているだけだ。
 みずかが躊躇している間に、このみは美味しそうにスープを啜っていた。
 何にしろこれが昼飯となるのだし、食いきれなくても食べなきゃ勿体ない。みずかは「ええい!」と気合いを入れて麺をちゅるんと吸ってみた。
「むぅ」
 唸る。というか旨い。
 これはこのみも笑顔で食べるわねと、みずかの箸も次々と進んでいった。これならいけるかもしれない、私やれるかもしれない、なんて淡い希望を抱きつつ――
 その希望は、しかしてすぐに木っ端微塵となる。
 始まって五分で限界が見えてきた。意外と早かった。旨いからこそ箸が進む。箸が進めばその分麺が喉を通って胃の中へとダイブする。
 まだもうちょっと食べられるが、何しろ太麺に一センチ近くはあろうかという分厚いチャーシューが八枚、さらにはスープまで啜ることを考えると、もうそれだけで胃は積載量オーバーを訴えてきた。
 箸を伸ばしてチャーシューを掴む。さっきより重く感じられるのは気のせいか。
 つまんでゆっくりと持ってくるが、どうにもこうにも口の中へ入れられない。ただ口へ入れて噛んで飲み込む、これだけでいい筈なのに、身体が拒否反応を起こす。だらだら流れる汗。膨れるお腹。さぁどうする!
「あら、お客さんギブアップですかい?」
 三人の様子を見ていた店主らしきゴッツイおっさんが、にやりと笑う。
「くっ!」
 そう言われると腹が立つ。みずかはチャーシューを口の中へと放り込んだ。身体の拒否反応を一蹴した瞬間だった。


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